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それまで4ストロークのNRでGP参戦していたホンダが、"4ストロークのホンダ"という意地を捨て、勝つためには2ストロークでなければという選択をしました。公約通り、初年度の82年のはフレディ・スペンサーが2勝、NRでさんざん苦労した片山もGP500初優勝をスゥエーデンであげました。そのころの日本は、空前のバイクブームで、サーキット上でも、町中でもHY戦争がぼっ発しており、その注目度は今では信じられないほどでした。その頃ヤマハ贔屓だった私も、片山がチャンピオンになって欲しいと願った様に、日本中のバイクファンが、片山を応援していた事でしょう。続く83年はNSの快進撃でGP史に残る激戦が繰り広げられたのですが、その主役は、残念ながらライジング・サンではなく、ファースト・フレディとキング・ケニーでした。その後も果敢に参戦するのですが、怪我などもあり、優勝を追加すること無く85年シーズン終了を待つこと無く引退しました。
日本人初のチャンピオン(77年350ccクラス ヤマハ)であり、ホンダに移籍する前は、500ccクラスにはTZ500で出場していました。この頃、たしかNHKだったと思いますが、片山のレ−ス活動を追ったドキュメンタリー番組が放送されました。その中で「日本のメーカーは、日本のライダーを軽視し過ぎる」という内容の事を言っていました。日本人とは思えぬ、はっきりものを言うタイプの人で、バリー・シーンのように、口が災いしたことも多かったのではないかと思われます。TVの解説者として出ていた時は、スペンサーのことを"嘘つきスペンサー"とケチョンケチョンにけなしており痛快でした(関係者は頭をかかえたかも)。インタビューに答える日本の選手の言葉は、あまりおもしろくありませんが、この人だけは違いました。最近では、片山ほど過激ではありませんが、原田哲也が近い印象です。最近原田も影が薄くなりがちですが、がんばってほしいと思います。
また、いろんなことにチャレンジする人としても有名で、TZに追加のカウルをつけていたり、背中にコブをつけて走ってみたりと、よさそうと思うとなんでもやってみる様です、背中のコブは、本番では使わなかったようですが、前出のドキュメンタリー番組でも紹介されていました。その時はあまりカッコよくないな、と思いましたが、今では実際に使われており、先見の明を伺わせます。今、日本人ライダーが何人も出場して、好成績を残していますが(GP500チャンピオンはまだですが)片山が孤軍奮闘していたこのころ程盛り上がっていないのは何故でしょう。
そういえばパルコのCMにも出ていました…
プロタ−のNS500は、83年。84年85年、ついでに市販型のRS500とラインナップされています。全部買ったわけではないのですが、たぶん、デカールが違うだけでしょう。 簡略化の波が押し寄せる前の製品ですので、わりと細かくはできておりますが、田宮と比べてしまうと、何でスケールが小さいのにこっちの方が細かく出来てンの?と思ってしまうところが多々ありますが、まあ堅いことはいわないで作りましょう。最大の欠点は、82年型と83年型のハイブリッドになっている点です。作る上での選択肢としては、
(1)82年型に改造する。
(2)各キットの年式に改修する。(3)細かいことは気にせずそのまま作る。
と3つありますが、今回は片山優勝の年のモデルが作りたかったので、(1)を選択しましたが、お薦めは(3)です。
82年と83年の違いはというと、外装、前後ブレーキローター、サスペンション形式、ATACの有無、後方気筒のチャンバー等です。キットのサスペンションは82年型になっていますが、これを83年型に改修するのはけっこう大変そうです、が、外装を82年型にするのもたいへんでした。
タンクのパットは片山仕様の特徴で、自らが整形していたようです。
そうそう、これもグッチV8同様チェーン待ちです。
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